CASE 02 / AMMONIA RECOVERY
見えないものを、
集めて使う。
空気中へ捨てられていくアンモニアを、集めて資源に戻す。産業技術総合研究所との共同研究として進めた、吸着・回収技術の研究開発の記録。
アンモニアって、世界中で毎日とんでもない量が作られている。
その多くは肥料になる。人類が食べていくために、なくてはならない窒素源だ。
なのに畜産の現場では、糞尿としてアンモニアが毎日排出されて、そのまま大気中に放出されていく。
毎日作られてるものが、毎日捨てられている。
うん、だったらそれ、集めて使えばいいんじゃないの。
研究の出発点は、そんな単純な思い付きだった。
臭いだけの話じゃない。
アンモニアというと、あの鼻を突き刺す臭い。
豚舎に行けば、嫌でもわかる。
でも、本当に厄介なのはそこだけじゃない。
たとえば、自動車などから排出されたNOxは、大気中で反応して硝酸などになる。
そこにアンモニアが出会うと、硝酸アンモニウムになる。
これがPM2.5を構成する二次粒子の一つになる。
つまり、畜舎から見えないまま出ていったアンモニアは、離れた場所で別の物質と出会って、PM2.5の構成要素になってるのだ。こんな事ほとんどの人が知らない。
でも環境省の自動車排出ガス対策の議論でも、自動車由来のNOxと農業などから排出されるアンモニアによる硝酸アンモニウムの生成は指摘されてるんです。
自動車のNOxには規制がある。
PM2.5にも環境基準がある。
そしてちゃんとアンモニアについても規制はある。問題はここだけ視点が違うとこ。悪臭防止法で規制されている。臭いから生活環境を守るための規制だ。
PM2.5の前駆物質として、畜産由来アンモニアの総排出量そのものを削減していく欧州の規制とは、少し性格が違う。
「PM2.5の主要な構成成分を生み出す原因物質だから、その排出量を減らそうぜ」という視点ではないのだ。
だから、出せる。
一方、欧州ではアンモニアそのものを削減すべき大気汚染物質として扱ってきた。
オランダの養豚場も訪ねた。
現地では、豚の種類や畜舎設備ごとにアンモニアの年間排出係数が定められ、飼育頭数と設備から農場の排出量を算定する仕組みがすでにあった。
しかも、養豚場で使う畜舎システムにはアンモニア排出量の上限がある。
アンモニアを出すこと自体が、経営上の制約になる。
基準に適合しなければ、設備の是正を求められる。実際、当時の行政執行では、アンモニア排出基準への違反に週単位で強制金が設定された事例もある。
だから現地でアンモニア回収の話をすると、農場経営者も畜舎設備会社も食いついた。
そりゃそうだ。出すことにコストがかかるからだ。

捕まえて、戻す。
産業技術総合研究所では、プルシアンブルー型錯体を使ったアンモニア吸着材の研究が進められていた。
低濃度のアンモニアをよく吸着する。水中のアンモニウムイオンも吸着できる。そして、吸着したアンモニアを脱離させれば、材料をもう一度使える。
すでにペレット化され、豚舎での実証まで行われていた。
いいじゃん、ゼロから開発する必要なくなった。そしてこれ畜産だけじゃないよね、いろんな場所でチャンスある。
除去して終わりじゃない。捕まえる集める。もう一度使う。
この構想で産業技術総合研究所との共同研究を進め、2019年には静岡県「先端企業育成プロジェクト推進事業」に採択された。
ここから、材料の性能を見る研究から、実際に使うための装置づくりへ進んでいった。
そして同じ2019年、この研究を海外にも持っていった。
モスクワで開催されたロシア農業展示会「黄金の秋2019」。ロシア農業省が主催する農業展示会だ。
日本から参加したのは11社・団体のみ。農林水産省が協力する日本ブースの一社として、このアンモニア吸着・回収技術を展示した。

研究室の中だけで終わらせるつもりは、最初からなかった。
空気中へ捨てていた窒素を、資源に戻す。
当時の研究計画にも、NH₃・NH₄⁺を回収し、再利用することを長期目標として置いていた。
材料がよければ、装置もいい。とはならない。
実際に使うため、ペレット状の吸着材をフィルターに詰め、ファンでアンモニアを含んだ空気を押し当てる装置を設計した。
で、動かしてみる。
すると、材料単体の性能試験では見えなかったことが出てきた。
ペレットを大量に詰めると、その中に空気が通りやすい道ができる。
空気は素直に吸着材全体へ均等に当たってくれるわけじゃない。
通りやすいところを通る。
結果、アンモニアの一部が十分に吸着されないまま抜けてしまう。
高性能な材料をたくさん詰めれば、高性能なフィルターになる。
まあ、そんなに簡単じゃなかった。

ないなら、つくる。
フィルターを評価するには、もう一つ困ったことがあった。
一定濃度のアンモニアを、安定して大量に発生させる装置が必要だった。
濃度も流量もバラバラでは、フィルターの性能を正しく比較できない。
ないなら、つくるしかない。
そこで、実証試験用のアンモニア発生装置を開発した。
約40 ppm、700m³/hのアンモニア含有空気を、120時間連続で発生させるところまで持っていった。
この開発成果はその後、産業技術総合研究所との共同研究成果として論文化された。
Development of an Ammonia Generator for Demonstration Tests
Journal of Chemical Engineering of Japan, Vol.56, 2023。
自身も共著者として参加している。

材料を評価するために装置をつくる。
装置を動かしたら、また材料の問題が見えてくる。
実装に近づけば近づくほど、研究室の性能値だけではわからないことが増えていった。
風を当てただけで、崩れた。
その一つが、ペレットだった。
吸着性能そのものは、繰り返し使用しても維持できる。
そこは問題なかった。
問題は、形だった。
ペレットは型に入れて固めるのではなく、押し出してつくる。
だから完全な球ではない。どうしても角ができる。
これをフィルターに大量に詰めて、ファンで空気を送り続ける。
すると、ペレット同士が擦れる。
角から摩耗する。
そして、粉が出る。
洗浄や再生を何度もやったから、ではない。
普通に風を当てているだけでも崩れた。
吸着性能は落ちていない。
でも、吸着材そのものが少しずつ粉になっていく。
材料として使えることと、装置の中で使い続けられることは、やっぱり別の話だった。

これ、飲み薬にもなってるんだけど。
粉が出る。
それだけなら、耐久性の問題だった。
でも、使っていたのはプルシアンブルー型錯体だった。要はシアン化合物なのだ。
日本では、シアン化合物は水質汚濁防止法上の有害物質として規制されている。
ただ、ここで少しややこしい。
プルシアンブルーは、シアン化物イオンが鉄と強く結合した非常に安定な錯体だ。
どのくらいかというと、不溶性プルシアンブルーは、放射性セシウムやタリウムを体外へ排出するための飲み薬としてFDAに承認されている。
だから当時は、「さすがにプルシアンブルーは、シアン規制から外れるだろう」と思っていた。
でも、そうではなかった。
日本の水質規制では、安定な金属シアン錯体だからといって、当然に規制対象から外れるわけではない。
行政と協議した結果、実証設備は特定施設として届出を行うことになった。
ここで、ペレットから「粉が出る」という問題の意味が変わった。
ただ材料が減る、という話ではない。規制対象となり得る物質を含んだ粉が、実際の装置の中で発生する。
洗浄・再生には水も使う。万一、シアン化合物による土壌や地下水の汚染が生じれば、大規模な対応と費用が必要になる可能性まで説明を受けた。
いや、これは簡単には売れない。
いや、逆じゃない?
そして、事業として考えたときに、もっと大きな壁があった。
アンモニアには、臭いとしての規制はある。
でも、畜産由来アンモニアの排出量そのものを、欧州のように削減していく仕組みではない。
だから、基準の範囲なら出せる。
少なくとも2019年当時の日本ではそうだった。ちなみに2026年現在も、欧州のように畜産由来アンモニアの排出量そのものを強く削減する仕組みにはなっていない。
でも、それを集めようとすると、この方式ではシアン化合物の規制と向き合うことになる。
いや、逆じゃない?
環境負荷を減らそうとして設備を入れた側が、新しい法規制と管理責任を背負う。
だったら企業はどうするか。
アンモニアをそのまま出す。
当然だと思う。
設備投資をして、行政と協議して、管理を続けて、万一のリスクまで抱える。
そこまでして回収する理由がなければ、企業は動かない。
どれだけ吸着性能が高くても、そこは超えられなかった。
この方式は、当時、商品化には至らなかった。
技術が成立しなかったからではない。
使う側に、使う合理性をつくれなかった。
技術ができることと、社会で使われることは、全然違う。
でも、話はまだ終わっていない。
その後も、産業技術総合研究所ではプルシアンブルー型錯体を使ったアンモニア・アンモニウムの研究が続いている。
吸着したアンモニアを脱離し、回収する方法は特許化された。
材料も改良され、現在ではプルシアンブルー系吸着材そのものが製品化され、排水中のアンモニウムイオンを回収・濃縮して再利用する技術も実装へ進んでいる。
技術は、ちゃんと先へ進んでいる。
そして社会の側も、少しずつ変わってきた。
欧州では、アンモニアそのものが削減すべき大気汚染物質として扱われている。
日本でも2024年に「持続可能な窒素管理に関する行動計画」が策定された。
そこでは、窒素をただ減らすだけではなく、回収し、資源として循環させることまで政策課題として扱われ始めている。
だったら、これからはどうなるんだろう。
もし、アンモニアを捨てることにもコストが生まれたら。
かつて「そこまでして集める理由がない」とされた技術にも、違う価値が生まれるかもしれない。
この研究を始めたときに考えていたことは、もっと単純だった。
人は、エネルギーを使ってアンモニアをつくっている。
その一方で、同じアンモニアを空気中へ捨てている。
それ、集めて使えばいいんじゃないの。
結局、今もそこは変わっていない。
見えないものを、集めて使う。
「排出物」と「資源」の滞りないローテーション。
できるかどうかじゃない。
どうすれば、当たり前にできるのか。
技術も、社会も、まだその途中にいる。
参考文献
本文で言及した、産業技術総合研究所との共同研究による論文。
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Kimitaka Minami, Yukimasa Yoshitake, Akira Takahashi, Naoki Nakashima, Takamitsu Ishikawa, Koji Sakurai and Tohru Kawamoto (2023) “Development of an Ammonia Generator for Demonstration Tests,” Journal of Chemical Engineering of Japan, Vol.56, No.1, 2176189.
https://doi.org/10.1080/00219592.2023.2176189